すべて、己の価値観の整合を測っている行為、と最近気付いた。
道端でくっちゃべってるオバサマ達も
街頭演説している政治家も
みーんな己の価値観を測っているのね。
いろいろなファクターがあるが、最終の落とし所の、自分の価値観と
相手の価値観の割合をどうするかによって、話のストーリーが異なってくる
だけで、結局のところ本質的には、己の価値観の整合を測っている。
たとえば、自分の価値観を相手に認めてもらいたい時、
たとえば、相手の価値観に感銘を受けた時
たとえば・・・・・・・・
みんな不安で己の位置を確かめながら、生きていく。
しかしたまに、羨ましくも『そうじゃない』方がいらっしゃる。
空気が読めない方。
これを『コミュニケーション能力が無い』と僕は評価している。
求職者として、面接にやって来た場合、真っ先に採用選考から外す。
うちの会社では不幸な結末を迎えるだけで、無駄な時間を過ごさせてしまう。
だったら、全世界的(広げたよ・・・)な適材適所の思想でもっと合致する
ところで働いてもらったほうが、世のため人のため、ですよね。
さて、この『空気を読む力』=『コミュニケーション能力』は、歳をとると
上手になっていく。
相手の意思(=価値観)を尊重しつつも、自分の価値観を相手に
認めさせる、なんていう高等コミュニケーションテクニックも、使える様になる。
管理職者に必要なスキルとはそういうことなんだろう。
だから一般的には中年の、人生経験が豊富な方が管理職をやられるのだ。
まれに生まれついて、そういう能力を持っている方がいて、昇進が早かったり
とか、若くして社長とかになっている方がいる。
俺は違う。そんな素質なんて持っていない。
しかし、そういう人材を見分け入社させる、若しくは社内から育てる、のが
俺のこの会社での使命なんだと、勝手に思っている。
そいつらが、ウチの会社を支え、大きくしていってくれる。
きっとね。
ちょっとづつ、集まってきたかな?
しんみりとした秋っぽい話。
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